色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 by 村上春樹

おそらく今、最も感想(書評・レビュー)が
書かれているであろう作品。ネタバレは極力避けるけれど、
引っ張られがちな方はスルーしてくださいませ。


ということで、感想(1)。

「(成長過程において)自意識をこじらせた人の話。割とよくある」

身も蓋もない感想ですみません。
村上作品の登場人物(主人公)は、基本「こじらせた人」ですし、
「多種多様なこじらせ方」を読む(投影したり、共感する)のが、
醍醐味であると思うのです。
(好きか、嫌いか、理解できるか、理解できないか、
 パックリ分かれるところですよね)

「こじらせた」というと、響きが軽いですし、
深く深く読み込んでいる方から「違うんだよ!」と
怒られるかもしれないけど・・・まぁまぁ。

ある事故的ともいえる外的要因によって、
多崎つくるは、心に大打撃を受けてしまいます。
あるべきものが、ある日突然スポンと抜け落ちてしまい、
喪失感に苛まれる。行き場のない感情によって
自意識が破壊されてしまい、色のない世界へを彷徨うことに・・・。
その要因と向き合うべく、巡礼がはじまります。
さて、多崎つくるは、色を持つ(取り戻す)ことができるのでしょうか。

物語としては、村上テイストを散りばめつつも、
非常にシンプルで、分かりやすいお話だと思います。
誰しも友人関係で傷ついたことはあるでしょうし、
思い出すだけでチクチクする出来事・・・割とよくあることです。


ということで、ここからが感想(2)。

でもというか、もちろんというか、
村上春樹はそんな表面的なことを言いたいんじゃないわけで、
あくまで、モチーフであり、たとえ話。
その奥に「伝えたいこと」が、きっちりとおさめてあります。

やり場のない喪失感に苛まれている人々に、
希望や自信といった「色」を与えたかった・・・のかなと。
推測ですが、震災で悲しい思いをされた方、
閉塞感が漂う現代社会で傷ついてしまった方へ向けて、
(タイミング的にも)彼なりの励ましの意味が
あったんじゃないかと思います。
より多くの人々の心に届くよう、あえて難解にせず、
シンプルに仕上げたのかな・・・なんて。
エールであり、慰めであり、愛であります。

読み終えると、うっすらと、
でも、確実に、色を感じることができました。
癒されるというと安直ですが、
心地よい作品です。










完全におまけなんですが・・・お時間ある方はどうぞ。
たいした話でもないんですが・・・。

↓↓↓
『色彩を持たないカナと、彼女の巡礼の年』 

勘の良い方、私と思考回路が似たような方は、
ピンとこられていたかもしれませんが、
最近、新しいことや新しいものに心引かれます。
チャレンジというより、何かを探している感覚が強く、
初めは老いに伴う、一種の焦りなのかな・・・なんて思っていました。

「文章の学校」に行った帰り、
滅多に行かないTSUTAYAに寄りました。
課題の本を探したり、雑誌を買ったり、用事を済ませて帰ろうとした時、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と目があったのです。
平積みされているわけでもなく、一冊だけぽつんと。ラスト一冊。
「どうせ読むしな・・・」と買うことにしました。
※作品は全部読む(買う)ハルキストです


・・・ということで、本の感想は上記参照。


多崎つくるは、色を持っていません。
自分を肯定できないし、何者かもわからない。
「多崎つくる」とは、ただの空っぽな入れ物にすぎない、と。

私も同様な感覚に苛まれる、病とは言わずとも、
モヤモヤと霞む霧のようなソレを感じていました。
「自己紹介恐怖症」といいましょうか、
自分のことがさっぱり分からないし、ましてや人に訴えたいものもなく、
そのような機会が苦手なばかりか、
単に自分を振り返ることですら、怖くて仕方なかったのです。
カナは色を持っていない・・・自意識がこじれて、ねじれて、
自分でもどうしたらいいものか、ずっと悩み続けてきました。
(明確な要因があるわけでもないのが、さらに面倒な風情に)

本を読み終えた翌日、久々に友人とランチをしました。
くだらない話で盛り上がり、そろそろ帰ろうかとしたとき、
「あ、そういえば・・・」と、ある女性のことを教えてもらいました。
いわゆる、見える人(感じる人)です。
※宗教ではないし、商売でもないですよ
スピ系は信じないし、占いなどにも興味がないのですが、
なんでしょうね。「お、会いたいな」と思ったわけです。
やる気のあるうちに・・・ということで連絡したら、
次の日に会えることになりました。

30才前後のかわいらしい女性で、怪しい風情もなく、
至って普通の感じのいい方です。でも、開口一番、

「よく死なないで、生きてこられましたね。
 私だったら、途中で生きるのをやめていたかもしれません」

もちろん、ポカンですよ。
でも、このフレーズ、以前にもそんな方に言われたことがあります。
私にとって、どうやら<死>はキーワードのようです。

「物心ついたとき、いや生まれた時から、
 場の空気を読む性質があり、周囲の期待に応えたい、
 悲しませたくない、ちゃんとしなきゃと、
 ついつい頑張りすぎてしまい、
 ずっとギリギリのラインで踏ん張っていたようですね。
 明るく、おかしく、道化のごとく振る舞うのも、
 そういった性質からです。また、歪みに気付いてしまった以降は、
 そうでもしないと生きてゆけなかったんだと思います」

心と体を切り離すことで、苦しさを軽減させる術といいましょうか、
離れたところから自分を操縦することで、
「いい人」を作り上げていった・・・と。

よい出来事ではないけれど、
私が小学3年生の時、祖母が亡くなりました。
事故でも病気でもなく、自ら命を絶つかたちで。
その理由は子どもゆえ、よく分かっていませんでしたが、
父が、母が、周りの大人たちが悲しみ、
涙を流すことが辛くて仕方なかったです。祖母の死以上に。
何より、母を泣かせてはいけないと。
お葬式や法事のたび、弟や従兄弟を従え、
祭壇の前で踊ったり、歌ったりしたのを覚えています。

「愛が足りなかったとかの類ではなく、
 みんなに愛されたゆえ、期待にもっと応えたい、
 周りに迷惑をかけるなんて滅相もない。
 自分一人で背負い込み、また、自分で自分を追い込んでいった・・・。
 良くも悪くも自分より他人へ愛を注いでしまったせいで、
 “私は空っぽ”と思ってしまう状態を引き起こしたんでしょう」

“私は空っぽ”・・・本の内容がそのまま自分に降ってくるとはねぇ・・・。
その時点で、涙がどばーーーーーーーーーっ。

「でも、大丈夫です。
 一生分の苦労や辛いことは、すでに終わっています。
 また、それこそ諦めずに、死なずに、懸命に生きてきたことによって、
 強さややさしさ、多少のことでは揺るがない魂が形成されています。
 一般的には、中身のエネルギー(自意識、自我の類)が先に芽生え、
 人生半分あたりから、外壁というか、入れ物が固まってゆきます。
 でも、カナさんは逆で、すでに最強の入れ物を先に作ってしまった。
 私がこれまで会った人の中で、一番立派なものです。
 思考も、お金も、友人も、すべてがしっかり整っています。
 苦しみながらも、積み上げてきた成果が、今です。
 残りの人生は、その入れ物に自分の好きなもの、人だけを
 詰め込めむことだけ考えればいいのです。
 愛に満ちた、色とりどりの世界が待っていますよ」

この方は、見えるというより、感じる方なんだと思います。
明確な助言というより、ニュアンスをくみ取り、そのまま伝える。
こういう方を「ヒーラー」というんでしょうね。

「それから、死にませんよ。長生きします。
 小さいものが見つかるかもしれませんが(怖っ!)、
 気にしなくていいです。生きようというエネルギーが強いから大丈夫。
 そもそも死ぬのすら怖くないでしょ。だからこそ、悔しくて死ねないでしょ」

悔しくて死ねない・・・ああ、高校生の時、すごく思った記憶があるな。
ウシロマエムキしかり、「悔しさ」との付き合い方にかけては
まかせてください。かれこれ39年間、鍛錬を積んできましたから。

「とにかく、削除し、リセットすること。
 人も仕事もすべて、多く持ちすぎたのです。
 分かっているかと思いますが、病気はそれを知らせるサインでした。
 必要なものって案外少ないものです。
 容赦なく、じゃんじゃん捨ててください。
 隙間を作ることで、新しい風が吹き抜けます。楽しみですね」

ここ数年、やはり病気をしてから、ずっと思っていたことだし、
実際に意識して行ってきたことであります。
それによって、昔に比べて気持ちは随分軽くなりました。

「長かった旅も、あと少しで終わりますよ」

信じてみようと思います。私自身を。
多崎つくる同様、巡礼を終えたあかつきには、
私にも色が持てるようになるはず。カナだけの色を。

具体的にどうするなどは、まったく決まっていません。
新たな、別の旅が始まるんだと思います。
傷を持っていない人なんて、おそらくいないはず。
うまく付き合っている人、はたまた負けてしまう人もいますが、
目を背けるだけでは、ずっとずっと苛まれ続けるだけ。
多崎つくるが巡礼の旅にでかけたように、
(降ってくるようなきっかけに乗ったとしても)
向き合うことが大切なような気がします。

今回のいろいろが偶然なのか、必然なのか、
そもそも一体なんなのか分かりませんが、
私にとっての(降ってくるようなきっかけ)として、
ありがたく乗っかろうと思います。

とにかく、生きてゆきます。
希望を信じます。

ちなみに、次回の「文章の学校」の宿題は「自己紹介」。
もはや「自分」から逃げられないようです。



長文、乱文、変文、失礼しました。



※「その人教えて」は今回ナシで。
 必要な時に出会うかも・・・ということで






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Comment

トトロ | URL | 2013.04.21 10:04
カナさん、はじめまして。
乳がんブログにいらしたときからコッソリ読んで、コッソリ応援していました。
別にコッソリでなくてもいいか(^_^;)

今回はいつにもまして深イイ内容で、私も自分を今一度見つめ直し、心を整理整頓したいという想いに駆られています。
私も2ヶ月前、唯一の身内である母を、自ら命を断つという形で亡くしました。
残された者の悲しみ、後悔、喪失感・・・、それは想像をはるかに超え、闘病する者として命を見つめ、大切に思うが故の焦燥感もありました。
そんなこんなで心のモヤモヤが続いていましたが、私も希望の光を目指して、巡礼の年にしていきたいと思います。
カナ | URL | 2013.04.21 16:57
>トトロさん

ようこそ、トトロさん。
(とっちらかった部屋を片付けつつ、座布団を・・・)
コッソリじゃなく、どんどんどうぞ。(^_^)v

そんなことはどうでもよく、
トトロさん、辛い思いをされましたね。
想像を超え・・・だと思います。
頑張れとも、頑張るなとも言いませんが、
疲れたら休む、元気がでたら進む、気持ちに合わせて、
ゆっくり巡礼してくださいね。
希望の光、きっと見つかりますよ。
私もなんとか見つけたいです。
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カナと申します。
だらっとすることと、
テキパキすることが好きです。

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